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年末ごろ、年明けのコペンハーゲン学会発表にむけて、メンバー全員での会議がはじまった。
どのような内容にするか。どこに向けて、どんな結論にしていくのか。 もうひとつのグループのリーダーたちが学会直前まで休暇をとっていることもあり、最終的に詰めるのは彼らが合流してからなのだが、全体の流れやだれの原稿を採用し、どのように発表するかについても決めておかないといけない。 会議の指揮をとるのは、オンヤに来ている旅のマネージャー(?)、イギリスの副校長。彼はとても演説がうまく、会議好きといってもよい。(イギリスにいたときも彼の家の夕食は会議の場となった。)彼が問題を提起すると、いっしょに来ている前の年のリーダー(先輩)がそれを広げたり、別の問題をもってきたり。彼らを中心に会議ははじまるのだが、実際は彼らは問題をとりあげていくだけで、自分の意見を高々というだけで、それを収拾しようとはしないのだった。実際、責任をとるわけではないし。 そして、メンバーの中でも発言の中心となるのはいつもネイティブのイギリス人たちだった。語学に心配がないというのは大きいが、彼らはいつも言葉数が多い。プロジェクトに参加した初めのほうは、それに圧倒されて、彼らが主導権をもって何でも進めるのを黙ってみていた。でも、しばらくして慣れてくると、彼らはただ言葉数が多いだけなのだ、ということがわかってきた。英語を理解するのに必死で、内容をわかろうとするのに集中しているうちに話がすすんでしまいがちなのだが、実は、その内容に、内容があまりないことがわかってきたのである。 それでも、多く発言するために、ネイティブが会議を進めているような形になる。彼らはプレゼンテーションがうまく、それを顕にすることに熱心になっているように思えてくる。 それに気づいたのは、韓国人のメンバーの言葉だった。 彼らは会議でめったに発言することがなく、とくにのんびり屋のJは「寝てるのか?」といわれるほどで、彼は会議に参加していると誰にも思われていなかった。 今回の会議でも韓国の子達(2人)は黙っていたのだが、副校長が「君たちはどう思うんだ?」とふると、「何を言っていいかわからない」と言った。「僕たちは、こんな議論というものをほとんどしたことがないから、何を言えばいいかわからないんだ」と。それに副校長はとても驚いた。まだ高校生(休学して参加している)だというのもあるが、学校で議論をする、自分の意見を求められるという機会がほとんどなかったそうなのだ。 語学力の問題もあるが、ヨーロッパのメンバーは、イギリスのメンバーほどではないにしろ自分の意見をよく言った。性格もあるけど、やはり彼らは学校で議論というものをよくやっていて、自分の意見をいうのに慣れていたのだ。内容のあるなしにかかわらず、思ったことを言葉にするという訓練(?)ができているのだった。 Brain storming という言葉があって、何もないところからあれこれ意見を出しあって、その流れのなかから結論を出していく、という場面に、欧米ではよくであった。 でも、韓国では、先生のいうことに生徒は従うのが当然で、自分の意見をいう場などないのだ。議論といっても、答えは先生がにぎっている。私は、韓国の子達のいうことのほうが理解できた。でも副校長や他のイギリス人のメンバーはそれに(こちらが反対にびっくりするくらいに)びっくりしていたのである。 私も議論で自分の意見を口にするのは、とても苦手だ。日本人で、(とくに公的で対等な議論は)得意な人のほうが少ないように思う。でもそれは議論の機会を与えられることで、慣れていき、ある程度はできるようになってくるのだと思う。イギリスでは、プレゼンテーション力は個人の能力としてとても重要で、その人が認められるのに欠かせないみたいだ。 おおざっぱにいって西洋と東洋の文化の違いも感じた。家でも学校でも、子供がどれくらいひとりの人間として、意見を求められるのか。 後日、イギリス人メンバーSが血相をかえて紙をもってきた。平行してやっているスウェーデンの高校の調査についてJに、俺のレポートを読んで意見があったら書いてみてくれ、と渡していたらしい。それを読んで、私ともうひとりのリーダーGは驚いた。そのレポートのポイントと問題点を、的確に挙げ、申し分のない簡潔な意見でそれがまとめられていたのだ。実は、一番のらりくらりとしていると思われたJは、会議の内容も、流れもきちんと把握していて、自分の思っていることもあったし、それは多言なSたちよりもとても的確なものだった。ただ、彼はそれをSたちのように表現する手段をもっていなかったのである。 私たちはとても感心して、Jを呼んで、彼の能力をほめ、彼が議論慣れしていないことを理解していたこともあって、「Sたちのようにしゃべらなくていいから、自分がポイントだと思うことを、一言、二言、いうだけでいい、それだけで議論はよくなるから、やってみて」と強く推してみた。 彼は、それで少し自信をもったようで、議論のときに少しずつ発言するようになった。そして他のメンバーにも認められていき、彼の優しさや誠実さがもっと表に表れるようになった。そして、さらに自信がついていって、顔も明るく、活発になっていった。 私は、自分は結局議論も語学も苦手なままだったけど、旅の後半、彼の成長を親のような気持ちで見守ってしまったのだった。 違う文化を背景にしている者同士が認め合うには、語学力だけではなく互いの文化背景を理解することも必要だし、それに多少の技術も必要なんだなと思ったできごとでした。 私は成長しなかったけども。 高校の離れ。作業場所として2階をつかわせてもらった。4部屋+キッチンがあって快適。
by ponleah
| 2008-05-16 22:09
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